【どんな人?】日枝久のフジテレビ帝王までの道!わかりやすく解説!
「フジテレビのドン」「メディア界の帝王」…様々な異名を持つ日枝久氏。
テレビ業界を長きに渡り牽引してきた彼の名前を知らぬ人はいないでしょう。
しかし、その華やかな経歴の裏には、意外な素顔や驚くべき人脈が隠されていることをご存知でしょうか?
皆さん、必見です!今回は、日枝久氏の知られざる一面を徹底解剖し、その魅力に迫ります。
日枝久氏はどんな人?サラリーマンからテレビ帝王へ
日枝氏は、早稲田大学卒業後、教師を目指していましたが、ひょんなことからフジテレビ(当時はフジテレビジョン)に入社。
なんと、大学で居眠りしていたところを通りがかりの教師に勧められたという逸話が残っています。まさに運命の出会いと言えるでしょう。
入社後は労働組合の結成に尽力し、書記長に就任。女性社員の待遇改善に尽力するなど、意外にも熱血漢な一面も持ち合わせています。
その後、鹿内春雄氏に見出され、42歳という若さで編成局長に大抜擢。ここから、フジテレビの黄金時代が幕を開けるのです。
社長、会長、CEO…と、トントン拍子に出世していく様は、まさにドラマを見ているかのようです。
鹿内家支配の終焉と宏明氏の登場
1990年代初頭、フジサンケイグループは鹿内信隆氏の死後、義弟である鹿内宏明氏がグループ議長に就任し、新たな時代を迎えました。
宏明氏はグループ内で絶対的な権力を掌握しましたが、その強引なワンマン経営は、周囲との間に大きな軋轢を生んでいきました。
まるで、一族経営の企業でよく見られる後継者争いの縮図です。
1992年、クーデター勃発!日枝久、権力闘争の表舞台へ
そして1992年、フジサンケイグループ内で歴史的な「クーデター」が勃発します。
この内紛劇において、日枝氏は反宏明派の中心人物として頭角を現します。
情報が錯綜する中、日枝氏は水面下で周到に根回しを行い、見事、この権力闘争を制したのです。まさに、策略と駆け引きが渦巻く、企業版「下剋上」と言えるでしょう。
この勝利は、日枝氏にとって単なる派閥争いの勝利にとどまりませんでした。
この瞬間から、日枝氏はフジテレビのみならず、フジサンケイグループ全体を掌握する道を切り開いたのです。
パブリック・カンパニー化と持株会社体制への移行
日枝氏は、グループ掌握後、その権力基盤を磐石なものとするために、大胆な改革を次々と実行していきます。
1997年には、フジテレビの東証一部上場を実現。これにより、フジテレビは「パブリック・カンパニー」としての地位を確立し、透明性の向上と資金調達の多様化を図りました。
これは、企業経営の手腕を示すとともに、グループの更なる発展への足がかりとなりました。
しかし、日枝氏の野望はそれだけではありませんでした。グループ内での支配体制をさらに強固にするため、持株会社体制への移行を推進。
そして2008年、ついにフジメディアHDを設立します。この新体制において、日枝氏はグループ全体の支配を完成させたのです。
これにより、日枝氏は名実ともに「フジサンケイグループの天皇」として、メディア界に君臨することとなったのです。
日枝久氏!メディア界の重鎮として、今もなお影響力を発揮
2017年にフジ・メディア・ホールディングスとフジテレビジョンの会長兼CEOを退任した後も、取締役相談役として、また、彫刻の森美術館や美ヶ原高原美術館の館長、日本美術協会会長など、多方面で活躍しています。
政界のコネクションは最強レベル!? ~安倍元首相との特別な関係~
日枝氏と言えば、政界との深い繋がりも有名です。
特に、安倍晋三元首相とは非常に親密な関係で、ゴルフをしたり、食事を共にしたりする姿が度々目撃されていました。
安倍元首相がフジテレビやニッポン放送の番組に多数出演していたことからも、その親密さが伺えます。
安倍元首相の訃報の際には、民間人として唯一、自宅に駆けつけたというエピソードは、二人の特別な関係を物語っています。
また、安倍元首相の甥である岸信千世氏がフジテレビの報道局に勤務していたという事実も、見逃せません。
加藤六月氏や森喜朗元首相など、政界の大物たちとの交流も深く、その人脈の広さは想像を絶します。
メディア界だけでなく、政界にも大きな影響力を持つ日枝氏。まさに「影のフィクサー」と言っても過言ではないかもしれません。
ボーイスカウト出身!?意外な趣味と人間味あふれるエピソード
意外なことに、日枝氏は少年時代、ボーイスカウトに所属していました。
ある会合で、同じくスカウト出身だったソニーのハワード・ストリンガー元会長と出会った際、ネッカチーフ代わりにナプキンを首に巻き、スカウトの敬礼をしたところ、意気投合したというエピソードは、彼の人間味あふれる一面を伝えています。
フジテレビの「ドン」日枝久氏、中居正広さんの問題で再び注目浴びる
フジテレビの長きに渡るトップとして君臨し、「ドン」とも呼ばれる日枝久氏。
中居正広氏の女性トラブルに端を発する一連の問題で、再びその名が大きく取り上げられています。
今回の騒動で浮き彫りになった日枝氏の存在感、そして彼に対する社内外の厳しい視線を徹底的に掘り下げていきます。
中居正広さんの問題と日枝氏への責任追及
中居正広氏の芸能界引退に繋がったとされる女性トラブル。この問題にフジテレビの局員が関与していたことが発覚し、同局は「やり直し」の記者会見を開く事態となりました。
この会見を前に、フジテレビの労働組合からは、日枝氏を含む役員陣の一新を求める声が上がりました。
特に、長年にわたりフジテレビのトップとして強大な権力を持ち続けてきた日枝氏への責任追及は、社内外で高まっています。
「逃亡」と批判されるホテル「潜伏」
「やり直し」会見当日、メディア各社は日枝氏を直撃しようと自宅前で待ち構えていましたが、彼の姿はありませんでした。
実は、日枝氏は都内の5つ星ホテルに「潜伏」していたのです。この行動は、「逃亡」と捉えられ、批判を浴びています。
ホテルから出発しようとしたところを直撃された際、
「日枝さんが辞めないと会社が変わらないという声が上がっている」
と問われた日枝氏の表情は一変したと言われています。
その詳細なやり取りは、「週刊文春 電子版」で報じられています。
堀江貴文氏の痛烈な批判と「チキン」発言
かつてニッポン放送の買収騒動で日枝氏と激しい攻防を繰り広げた堀江貴文氏も、この問題に言及しています。
「やり直し」会見に日枝氏の名前がないことに対し、堀江氏は自身のX(旧Twitter)で「チキンだから出て来れないんよ」と痛烈な批判を展開。
過去の因縁を知る者にとっては、この発言は非常に意味深いです。
会見での厳しい追及と日枝氏不在への怒り
「やり直し」会見では、港浩一社長をはじめとする経営陣が出席しましたが、やはり日枝氏の不在は大きな問題となりました。
記者からは「なぜ欠席?」「なんで逃げるんだ!」といった怒号が飛び交い、東京新聞の望月衣塑子記者は「日枝さんがいないこと。ちゃんちゃらおかしいと思っております!」と怒りをあらわにしました。
「フジテレビの多くの人は変わるべきだと思っております。日枝さんが最終的に責任を取るべき」と、日枝氏の責任を厳しく追及しました。
これに対し、嘉納修治会長は
「本事案に関しまして、日枝取締役相談役は全く関与しておりませんし、基本的に業務執行をやっておりませんので、この会見に出る必要がないと考えております」
と回答しましたが、この説明で納得する者は少なかったようです。
日枝久氏の完全年表
日枝氏の足跡を詳細な年表形式でまとめました。
- 1937年 (0歳):東京都に生まれる。
- 少年時代:ボーイスカウトに所属。
- 大学時代:早稲田大学教育学部卒業。教員を目指す。
- 1961年 (24歳):フジテレビジョン(現:フジ・メディア・ホールディングス)に入社。
- 労働組合時代:労働組合の書記長に就任。女性社員の待遇改善に尽力。
- 1980年 (43歳):編成局長に就任。
- 1983年 (46歳):取締役編成局長に就任。
- 1986年 (49歳):常務取締役総合開発室担当に就任。
- 1988年 (51歳):代表取締役社長に昇任。
- 1989年 (52歳):株式会社サンケイビル非常勤取締役に就任(現任)。
- 1991年 (54歳):北海道文化放送株式会社非常勤取締役に就任(現任)。
- 1992年 (55歳):株式会社産業経済新聞社非常勤取締役、Executive Chair, Fujisankei Communications International, Inc.に就任。
- 1993年 (56歳):株式会社産業経済新聞社取締役相談役(現任)、東海テレビ放送株式会社非常勤取締役(現任)、株式会社テレビ西日本非常勤取締役(現任)に就任。
- 1994年 (57歳):関西テレビ放送株式会社非常勤取締役に就任(現任)。
- 1997年 (60歳):フジテレビを東証一部に上場。
- 2001年 (64歳):フジテレビジョンの代表取締役会長兼CEOに就任。
- 2003年 (66歳):一般社団法人日本民間放送連盟会長に就任。フジサンケイグループ代表に就任。
- 2005年 (68歳):Executive Managing Advisor, Fujisankei Communications International, Inc.に就任(現任)。
- 2008年 (71歳):フジテレビジョンを認定放送持株会社に移行。「株式会社フジ・メディア・ホールディングス」に商号変更。同日付で設立された事業会社「株式会社フジテレビジョン」の初代代表取締役会長兼CEOに就任。
- 2010年 (73歳):高麗大学校から名誉経営学博士号、早稲田大学から名誉博士号を授与される。
- 2013年 (76歳):旭日大綬章を受章。
- 2014年 (77歳):大英帝国勲章ナイト・コマンダー章を受章。
- 2017年 (80歳):フジ・メディア・ホールディングス代表取締役会長兼CEO、フジテレビジョン代表取締役会長兼CEOを退任。両社の取締役相談役に就任(現任)。
- 2018年 (81歳):岡山放送株式会社取締役相談役に就任(現任)。
- 2023年 (86歳):彫刻の森美術館・美ヶ原高原美術館 館長に就任(現任)。中華民国紫色大綬景星勲章を受章。
まとめ
日枝久氏の知られざる素顔、いかがでしたでしょうか?
メディア界の帝王としてだけでなく、政治家との深い繋がり、意外な趣味、人間味あふれるエピソードなど、様々な顔を持つ魅力的な人物であることがお分かりいただけたかと思います。
皆さんにとって、この記事が最高の肴となれば幸いです。